ミステリー以外にも!?アガサ・クリスティーのもう一つの魅力に迫る!小説「春にして君を離れ」(1944)あらすじ、解説

春にして君を離れ

2017年12月、アガサ・クリスティーの「オリエント急行殺人事件」がケネス・ブラナー、ジョニーデップ、ジュディ・デンチ、ミシェル・ファイファーなどの豪華キャストにより映画で蘇りました。

幾度となく映画化、ドラマ化され、愛され続けている不朽の名作「オリエント急行」ですが、結末を知っているにも関わらず何度観ても楽しめるのは、やはりこの作品がただの殺人事件ではなく、それぞれの登場人物の思いや悲しみが描かれた人生ドラマであるからなのではないでしょうか。

もう何度も読み、観て、その他の作品も熟読されている方もたくさんいらっしゃると思いますが、もし今この映画からアガサ・クリスティーを初めて知り、もっともっと彼女の描いた作品の世界に入っていきたい方がいらっしゃったら・・・。
そんな方に私からオススメの作品をご紹介したいと思います。

アガサ・クリスティーの作品の中では、ポアロシリーズ、ミスマープルシリーズ、トミーとタペンスシリーズもちろんオススメですが、今回ご紹介したい作品は、アガサ・クリスティーが当初「メアリ・ウェストマコット」名義で書き下ろした、ミステリー作品ではない6作品の中の一つ、「春にして君を離れ」という作品です。

「春にして君を離れ」との出会い

アガサ・クリスティーの作品は、子供の頃から何度か読んだことことがありましたが、大人になり突然ハマるほどに好きなったのはこの作品に出会ってからでした。

アガサ・クリスティー=殺人事件の小説と思い込んでいた私にとって、この小説はいつまで読み進めても誰も死なないという驚き以外に、ただ一人の女性の旅先の中での思想で物語が進んでいくだけなのに、なぜこんなに恐怖を感じ、なぜこんなにも心が揺さぶられるのだろうかと最後の最後まで呆然とショックを感じたものです。

そして、そのショックはもっともっとアガサ・クリスティーという世界を知りたいと思う引き金になり、彼女の小説を旅するように読み始めたきっかけにもなったのです。

この小説に出会ってからは、どのシリーズの小説の中でも、ふとした瞬間にアガサ・クリスティーという人物の影を感じるようになりました。ミステリーの女王として、もはや知らない人はいないほど有名で偉大な彼女ですが、一人の女性としての彼女の生き方や考え方を小説の中に探してしまうのです。

幸い、彼女の小説は、長編短編など全て合わせると100以上の作品数があるため、何度読み返しても飽きることなく読み続けられます。
この本をきっかけに始まった小説の中でアガサ・クリスティーを巡る旅は、きっとこの先も長く私の人生の中で続くことだろうと思います。

「春にして君を離れ」あらすじ

主人公ジョーン・スカダモアは、法律事務所の弁護士として働く夫と、すでに成人し、外国で暮らす3人の子供の母親である。40代になっても皺一つない美しい彼女は溌剌としていて、地域活動などにも忙しく、優しい夫と何不自由なく過ごしていた。
これまでどんなことにも冷静な判断で、家族の中でも采配を振るってきた彼女は、家族の現在の幸せは、実は自分自身のおかげだと心密かに思うほど、良き妻、良き母として満ち足りた生活を送っていた。

ある時、バグダッドに住む娘が病気のため見舞いに行き、その後一人イギリスへ帰る途中のレストハウスで、学生時代の友人ブランチ・ハガードに再会する。
学生時代美しかった彼女は薄汚れた中年女へと変貌し、胸中では戸惑うジョーン。

波乱万丈な人生を送ってきたブランチに対し、道に逸れることなく品行方正に生きていきたジョーン。ブランチに対し軽蔑と哀れみの感情を隠し会話を続けるジョーンだが、会話の中でブランチはジョーンにとってはいくつか気になることを口にする。

「何日も何日も自分のことばかり考えてすごしたら、自分についてどんな発見をすると思う?」

という、これからジョーンに起こることを暗示するかのような言葉を投げかけるブランチ。

彼女との会話をきっかけに、自信に満ち溢れていたこれまでの人生が少しずつ崩れ始めていく。

解説

人は時間があるとあれこれと妄想したり、昔のことを思いだしたり、他人について考えてしまうものだと思います。いい思い出だけならいいですが、思い返したくない過去なんかも不意に頭をよぎったりして・・・。急いで頭からもみ消し、考えまいとしたことはないでしょうか。

恋人と会わない時間、忙しい時はなんとも思わないその時間が、急に不安なものに変わってしまうようなこともありますよね。

一見幸せに見え、自分自身でもそう思ってきたジョーンも、旅先で足止めをくらい、不意に有り余る時間ができてしまったことで、今まで忘れようとしてきた過去の場面、考えまいとしてきた夫の言葉や表情、子供だちとの関係について、次から次へと記憶と感情が溢れ、最終的には見たくなかった本当の自分について知ることになるのです。

中でも記憶を正確に辿ることで、彼女を1番苦しめることになったのが夫との関係。

牧場を経営することが夢だった夫に対し、弁護士としてたくさんお金を稼ぎ、地位を築くことが彼の幸せだと本人に説き、その夢をくだらないとまで見下し、自分の考えを押し付けてきたジョーン。

時々夫の本音が垣間見られる夫婦の会話が出てきますが、その本音に気がつかない、気づこうとしなかった彼女の愚かさ。それによって愛する夫の心がもはや自分にないということに、今更ながら気づいてしまうのです。

「春にして君を離れ」

タイトルにもなっているこの美しい言葉は、夫の心を表す悲しい言葉です。

思いやりという無意識の仮面を被った妻の傲慢さに対し、優しさという仮面を被り諦めという裏切りで返す夫。私だったら、喧嘩になろうが憎み合おうがはっきりと腹の中にある本音をぶつけて欲しいと思うのですが、この夫は静かに妻を半ば哀れみながら心を閉ざしていきます。

この小説を読み、私がまず頭に浮かんだ言葉は「哀れみ」という言葉でした。
まず始まりは主人公ジョーンが、みすぼらしく変わったかつての友達ブランチに向けた哀れみ。そしてそんなブランチの目線からもジョーンに対するある種の哀れみが感じられます。
夫は妻を哀れみ、自分を哀れむ。子供たちは父親を哀れむ。

この小説の怖さは、そうした哀れみの心が、読者にとっても実は自分と他人の中で現実的に、感じ感じられている感情だからではないでしょうか。

自分はこんな人間であると思っていても、それが本当の自分だと誰が言い切れるでしょうか。自分に対する周りからの優しさは実は哀れみという感情からくるものなのかもしれません。

本当の自分を知るということは、簡単なことのようで実はとても恐ろしいことです。
また知らないということが幸せである場合も確かにあると思います。

この小説を読み終えた時、主人公ジョーンや登場人物に対し一筋縄にいかない複雑な心境の中で、しばらくその余韻から抜け出せずにいました。
「やりきれない気持ち」というものでしょうか。モヤモヤと消化できない思いがしばらく残りました。

ただ、不思議なことにこの小説は、初めて読んだ時からもう何度手に取っただろうというくらい、私に取って大切なバイブルのような存在になりました。

その理由をじっくり考えてみると、やはりこの作品が「愛」というテーマのこもった作品であるからだと気付かされます。
読むたびに「人を愛するということはどういうことか」ということをいつも問いかけてくれる気がするのです。

完璧ではない人間同士の愛。実は誰にでも当てはまるテーマだと思います。だからこそこんなにも心に響き、長く人々に愛される作品なのだと思います。

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